最近になって学校法人の方や公認会計士からたびたび質問を受ける「基本財産とは何か」「たとえ少額でも基本財産の処分についてはその都度理事会承認が必要なのか」という論点を取り上げたいと思います。
聞くところによると、あるセミナーで弁護士さんが「寄附行為に「基本財産は処分してはならない。理事会の議決を得て処分することができる」と規定していながら、ほとんどの学校法人が寄附行為違反をしているのではないか」と問題提起したことが背景にあるようです。
1.基本財産とは何か
まず、「基本財産」とは、具体的に何を指すのでしょうか?
現行の私立学校法では、第25条(資産)、第26条(収益事業)で、学校法人が有しなければならない資産を規定し、同法施行規則(第2条第6項)では、寄附行為認可申請手続の申請用財産目録の記載区分として以下のように規定しています(改正施行規則は11/20時点で未公表)。
区分 | 定義 |
基本財産 | 学校法人の設置する私立学校に必要な施設及び設備又はこれらに要する資金をいう。 |
運用財産 | 学校法人の設置する私立学校の経営に必要な財産をいう。 |
収益事業用財産 | 収益を目的とする事業に必要な財産をいう。 |
また、文科省の私学行政課法人係による「財産目録の作成に係る基本方針」(平成27年9月)では、以下のように規定しています
区分 | 定義 |
基本財産 | 通常、貸借対照表上の「固定資産」のうち「有形固定資産」の各科目を計上(別紙「相関一覧」参照 ※運用財産に区分される「土地」,「建物」を除く。) |
運用財産 | 貸借対照表上の「その他の固定資産」及び「流動資産」の各科目を計上する。 |
ただし、これらはあくまでも寄附行為認可申請手続の申請用財産目録についての規定であり、「基本方針」でも、私立学校法第47条で定める「財産目録」の作成に制限を課すものではない、としています。
いろいろな学校法人の財産目録を拝見させていただくと、上記の「財産目録の作成に係る基本方針」に沿った形で有形固定資産のみを「基本財産」として表示されている学校法人もあれば、電話加入権やソフトウェアなど「その他の固定資産」を「基本財産」として表示している学校法人もあります。
2.私学法の規定では
それでは、私立学校法で作成する「財産目録」の「基本財産」は何なのでしょうか。
「基本財産」=「基本金対象資産」なのでしょうか。学校法人委員会研究報告第15号「基本金に係る実務上の取扱いに関するQ&A」1-8 基本財産と基本金対象資産では、両者の関係を「大要において両者は一致しているが、決して、両者は同一概念ではないことに留意すべきである。」としており、完全にイコールではありません。
実は、現在私立学校法第47条の財産目録の表示方法(作成基準)に法令の定めはありません。先に述べたように現行私立学校法第25条等はあくまでも学校法人が有しなければならない資産を規定しているだけです。平成16年の私立学校法改正時に財産目録を含む財務情報の公開規定が盛り込まれたのを受けて、財産目録の様式参考例として「私立学校法の一部を改正する法律等の施行に伴う財務情報の公開等について(通知)」(平成16年7月23日16文科高第304号)が発出されています。しかし、あくまで参考例であり、「基本財産」についても明確に定義はしていません。つまり、「基本財産」に現行の私立学校法上の明確な定義はない、ということになります。
ただし、改正私立学校法では、第107条第1項の規定により2025(令和7)年度以降は学校法人会計基準(文部科学省令)により作成することになっています。ですので、2025(令和7)年度以降は私立学校法上の「基本財産」は明確になります。
財産目録 | 現行 | 2025(令和7)年度以降 |
作成基準 | 法令の定めなし | 学校法人会計基準に従う(私立学校法107Ⅰ) |
なお、現在進行中の「学校法人会計基準の在り方に関する検討会(令和5年度)」(第6回) 配布資料3-1「財産目録の基本的な考え方(案)」では以下のような考え方が示されています。
3. 審議事項(総論):財産目録の作成基準の位置づけ |
○ 改正私学法においても、財産目録は計算書類の体系外であることに変わらないことから、計算書類の作成基準である学校法人会計基準と、財産目録の作成基準は本来別個のものとも考えられる。(第1回 検討会意見)
○ 一方、財産目録は会計帳簿から導かれる書類ではないものの、記載内容は貸借対照表記載の価額と整合し、貸借対照表の明細としての意味合いも持つ書類となっていることから、既に財産目録の作成、監査制度を導入している公益法人や社会福祉法人では、それぞれ公益法人会計基準、社会福祉法人会計基準において財産目録の作成について規定されている。
○ また、財産目録は計算書類と同様に作成、備置き、閲覧および公表義務ないし努力義務が
定められており、一体的な取り扱いが求められている。
➢ 対応案
案 | ⚫ これらの観点を総合的に考慮すれば、学校法人会計基準の一項目として、財産目録の作成基準を定めることが適当と考える |
3.寄附行為ではどうか
以上のように法令上の定めは改正私立学校法における学校法人会計基準の確定を待つことになります。
一方で、現行の文部科学省寄附行為作成例では、「基本財産」について「基本財産は、この法人の設置する学校に必要な施設及び設備又はこれらに要する資金とし、財産目録中基本財産の部に記載する財産及び将来基本財産に編入された財産とする。」(第28条第2項)と定めています。
また、「基本財産は、これを処分してはならない。ただし、この法人の事業の遂行上やむを得ない理由があるときは、理事会において理事総数の三分の二以上の議決を得て、その一部に限り処分することができる。」(第29条)と定めています。多くの学校法人がこの寄附行為作成例(知事所轄法人であればこれに準じた都道府県の作成例)を参考に作成されていると考えられます。
結論的にはご自身の学校法人の寄附行為に定めたものが「基本財産」であり、処分についてもその規定に従うことになります。
なお、2023年8月23日に大学設置・学校法人審議会において改正私立学校法に対応した「学校法人寄付行為作成例」が決定(11/16改訂)され、文科省のHPに掲載されました。改正私立学校法第36条第3項に「理事会は、学校法人の業務に係る次に掲げる事項の決定を理事に委任することができない。一 重要な資産の処分及び譲受け」とされているのを受け、作成例の第20条第2項第3号では、理事会の特別決議(2/3以上の多数)を要するものとして「基本財産の処分」を掲げています。
4.基本財産の処分について
さて、上記のように基本財産の処分に理事会の特別決議を要求する寄附行為がある場合に、基本財産の処分はどうすればよいのでしょうか。
施行規則にしろ、「基本方針」にしろ、財産目録の様式参考例にしろ、寄附行為作成例にしろ、例えば教室の机のように少額重要資産については、いずれの場合であっても有形固定資産として「基本財産」に含まれていると思います。しかし、教室の机が一つ壊れて廃棄するたびに理事会承認を得るというのは少し非現実的でしょうし、実際にそのような決議をしている事例は耳にしません。
規定の趣旨からして、少額で重要でないものまでいちいち決議を要求しているとは考えにくいのですが、寄附行為違反と言われないように「重要な基本財産の処分は~」と、「重要な」という文言を入れればよいという意見もあるようです。
実際に下記のように規定している学校法人もあります。
(資産の区分) 第×× 条 この法人の資産は、これを分けて基本財産、運用財産及び収益事業用財産の3種とする。(略) (重要な資産の処分の制限) 第×× 条 重要な資産は、これを処分してはならない。ただし、この法人の事業遂行上やむを得ない理由があるときは、理事会において理事総数の3分の2以上の議決を得て、その一部に限り、これを処分することができる。 |
この辺りの寄附行為の解釈は法律家の判断に任せたいと思いますが、皆さんの学校法人ではいかがでしょうか。
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